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ぷるんぷるるん

女の子に気持ち良くいじめられるM男向け官能小説公開中。

10.ハプニング


 待ちに待った週末の朝。
 俺は、待ち合わせの時間よりも大幅に早く目を覚ました。
 窓の外はまだほの暗く、鳥の鳴き声すらも聞こえてこない静けさだ。
 デートを楽しみにするあまり、自然と目が冴えてしまった、と言う訳ではない。
 俺はおもむろに下半身を露にした。
 朝立ちの真っ最中である息子を握り締める。
 デートの最中に暴発しないように、数十回は射精しておくつもりだ。
 茜と手を繋いだりしちゃって、きゃっきゃっうふふ、とやっていれば、間違いなく勃起する。それどころか、射精にまで至ってしまう可能性もある。
 
 俺は、睾丸に締め付けられる様な痛みが走るまで精液を吐き出した。
 
 男根の先端に滴る残り汁をティッシュで拭い、カーテンを開く。
 黒雲が太陽の光を遮っていた。
 どんよりとした空からは、今にも雨粒が降ってきそうだった。
 今の時点では、アスファルトの路面が湿っている様子はない。
 それだけが救いの、デート日和とは言い難い天気だった。

「まあ……ジャコスなら、関係ないか……」

 ジャコスとは、郊外にそびえ立つ大型デパートである。
 市内には無料送迎のバスが通っており、学生カップルのデートにも良く使われるスポットだ。
 待ち合わせ場所はそのバス停だ。
 ちょうど通学路の分かれ道にある事も、都合が良かった。



 準備を済ませた後、俺は早めに家を出た。
 バス停へ、ゆっくりと歩いて向かう。
 度を過ぎた早起きをしたせいで、時間を持て余していたのだ。
 牛にでもなったかの如く、ゆっくりと歩いたが、それでも大した時間は潰せなかった。
 あっという間に待ち合わせ場所に着いてしまった。
 休日と言う事もあり、バス停には結構な人数が並んでた。
 当然の事ながら、茜の姿はまだない。
 俺はバス停から少し離れて、電柱にもたれかかる。
 曇り空を見上げながら、ぼんやりと思考に耽る。
 
 茜の私服姿は、どれだけ可愛いのだろうか。
 デートの終わりにするであろうキスは、今度こそきちんとした味になるだろうか。その時茜は、どんな可愛い顔をするだろうか。
 
 物思いの大半は茜に関するところだった。
 俺は時折膨らみそうになる股間を制止しつつ、時が過ぎるのを待った。
 その内に湿った臭いがしてきた。
 とうとうか、と苦い顔をしている所に、ポツポツと冷たい雫が降ってきた。
 雨に打たれながら立ち尽くすしている訳にもいかず、俺は傘を求めて歩き出した。
 待ち合わせの時間までは、もう少しだ。
 自宅まで帰っていたら、行き違いになってしまうかも知れない。
 俺は逡巡して、思い出した。
 バス停から茜の家に向かって少し歩けば、コンビニが建っていたはずだ。


 
 ビニール傘を買って、バス停に戻ろうと店を出た時だった。
 稲光の後、雷鳴が低く唸りを上げた。

(茜の家の方向か……)

 妙な胸騒ぎに、鼓動が早まるのを感じる。
 落雷と言うことは流石にないだろうが、とにかく嫌な予感がした。
 俺は小走りで駆け出した。
 茜の家に近づくにつれ、不穏な気配が濃くなる。
 暗く淀んだ空気が、人を阻むように、立ち込めていた。
 
(……まさか、これは茜に掛けられた呪いの影響なのか?)

 そんな考えが、はたと頭に浮かんだ。
 いつかの彼女の言葉に習うのなら、今まさに俺が感じている気配は『暗い力』であり、その圧迫感に潰されてしまいそうだった。
 半信半疑だったはずの『呪い』が、俺の中で現実味を帯びていく。
 本物の呪いだったら、手放しで「最近発作が起こらない」と喜んでいる場合ではなかったのかも知れない。
 茜の家に近付くにつれて、息苦しさが強くなっていく。
 身体が酷く重たい。
 気付けば、周囲には歩行者どころか、車さえも見当たらなくなっていた。
 辺りを覆う空気がおかしいことに気付かずとも、嫌な気配を感じとって、無意識の内に逃げたのだろうか。
 俺とて用も無くこの場に居たのであれば、さっさと立ち去っていたはずだ。
 いいや。今も身体はこの先へ向かうことを拒んでいるようだ。
 それでも俺は前に進まなければならない。
 茜が独りで苦しんでいるかも知れないのだ。
 重い身体に、鞭を打って彼女の下へと急ぐ。
 そうして無人の道を進んでいた俺だが、ある音に足を止めた。

「う、うう、くっ……」

 呻き声だ。
 顔をやると、車道を挟んだ向かいの歩道に、人が倒れているようだった。
 俺は、ほんの一瞬、無視をしようかと考えたが、すぐに改めた。
 車道を横断して、人影へ駆け寄った。

「う、うぅ……」

 老婆が苦しげな声を上げながら、うずくまっていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 呼び掛けると、老婆はむくりと起き上がった。
 彼女は傘も差さずにいたのか、全身ずぶ濡れだった。
 この道を急ぐ理由があるのかも知れないが、そこまで付き合っている余裕は、今の俺にはない。
 肩を貸し、近くの塀にもたれ掛からせた。

「良し。……すみません。俺はこれで」

「あ、あんたは……」

「俺は大丈夫だ。雨も酷いし、お婆さんは向こうのコンビニにでも雨宿りに……」

 とにかくここから離れるように伝えようとするも、老婆は俺の言葉を遮った。

「これを……」

 差し出されたのは、風呂敷に包まれた箱だった。
 良く見かける菓子折り程度の大きさの物だ。
 戸惑う俺だったが、老婆が口にした次の言葉で、すべき事を認識した。

「呪いを……」

 この老婆は、呪いの存在を知っているのだ。
 人気の失せたこの場に居たのも、それなら納得が出来た。
 何者かは分からないが、周囲に満ちる暗い空気とは正反対のものを、微かにだが感じる。
 俺は風呂敷を受け取り、言った。

「……分かりました。この場は俺がどうにかするので、逃げてください」

 老婆がかすかに首を縦に振ったのを確認して、俺は駆け出した。



 ようやく茜の家にたどり着いた。
 時間にすれば十分にも満たないが、全身が悲鳴をあげる程の疲労を感じていた。
 額の汗と雨を拭い、茜の家を見上げる。
 うっすらと黒いもやが全体を覆っている。
 悪意、憎悪、怒り、そんな負の感情が家全体を覆っているかのような、圧迫感だ。
 ここに立っているだけでも、相当な負荷が掛かっているのを認める。
 この渦中にいるであろう茜はどれだけ、しんどい思いをしているのか。
 それを考えると、身体は自然と動き出していた。

(待ってろ、茜……!)

 玄関の扉に手を掛ける。鍵は掛かっていなかった。
 茜の部屋は二階だ。
 階段を駆け上がり、茜の部屋へと勢い良く駆け込んだ。
 彼女は壁に背を預けて、床に座り込んでいた。

「茜……!」

「郡山、くん……?」

 茜は荒い息を挟みながら、俺の名を呼んだ。
 はだけた服から覗く赤らんだ肌。
 そこに滴る汗。熱っぽい表情と、潤んだ瞳。
 部屋に満ちる茜の香り。
 全てが雄の本能を刺激するようだった。
 こんな状況にも関わらず、俺の男根は、天を穿つ勢いでいきり立ってしまった。
 股間の熱く滾った膨らみは、邪神を切り裂く聖なる剣の如く、呪いの気配を打ち払った。
 重く圧し掛かる様だった『暗い力』は、すっかり鳴りを潜めた。
 身体が軽くなっていくのを感じるが、それは俺に限っての話らしい。
 周囲を覆っていた気配は、茜に掛けられた呪いの余波に過ぎないのだろう。
 俺は、しんどそうにぐったりとしている茜へと駆け寄り「大丈夫か」と声を掛けた。
 彼女が小さく頷いて、言った。

「郡山くんが来てくれて、少し……楽になった」

 茜は立ち上がろうとするも、足腰に力が入らないのか、前のめりに倒れそうになった。
 俺は慌てて彼女を支えた。
 その身は、いつも以上に小さく感じられた。
 切れ切れに息を吐きながら、彼女が顔を上げて言う。

「郡山くんの……腕の中で、死ねるのなら……それも、悪くない、かも……」

「何を……!」

 馬鹿なことを言っているんだ――。
 思わず口から飛び出そうになった言葉を飲み込む。
 俺が駆けつけるまでの間、茜は一人で苦しんでいたんだ。
 弱気になるのも無理はないのだから、それを叱る意味などないだろう。
 相変らずペニスは膨らんだままだが、俺は一つ大きく呼吸をしてから、口を開いた。

「そんな事にはならない。その為に、俺はここに来たんだ」

 茜の身体を抱きしめ、子どもを相手にする様に頭を撫でた。
 しばらく黙っていた茜だが、しばらくそうしていると、弱々しく俺を抱き返して来た。

「デートに行くんだろう?」

 返事はなかったが、茜は首を縦に振っているようだった。
 俺は道中出会った、老婆の話を茜に聞かせた。

「……お婆ちゃん、来てくれたんだ。受け取った荷物は、開けてみた?」

「いや。……中には何が入ってる?」

 言いながら、風呂敷を解く。
 高級そうな木箱が姿を現した。
 呪いを退ける便利グッズでも入っているのだろうか。
 俺はそれを期待しつつ、ゆっくりと蓋を開いた。
 
「なんだ、これは……!」

 中に入っていたのは、いくつかの妖しげな道具と、一枚の折り畳まれた紙だった。
 これで一体何をしろと言うのか。
 道具の中には用途の分からないものも含まれていたが、大半は性玩具であるように思えたのだ。

「あ、茜……俺には、何がなんだか……」

 戸惑いを口にしながら、折り畳まれている紙を手に取り、茜へ差し出した。
 彼女はそれを丁寧に広げてさっと目を通すと、こちらに向けた。
 そこには、達筆でこう書かれていた。
 性なる力の儀式、と。


11.ボンテージ


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9.転落


 室内の光景は、想定通りの様子だった。
 それをすぐに現実として受け止められるかは別だ。
 立ち尽くすばかりの樫田は、激しく鼓動する自身の心臓の音ばかりを耳に捉えていた。
 椅子に掛けた貝塚と、床に座する弥生。
 下着だけを纏った姿の弥生の身体は、真っ赤な縄で縛られている。
 貝塚が艶やかな唇をゆっくりと開いて言う。

「一足遅かったわね」

 樫田はしばし、貝塚が発した言葉の意味を理解出来なかった。真意を計りかねているのではなく、単に目の前の光景に心を奪われ、思考が働いていなかった。
 彼女がくすっ、と笑みを零したのを受けて、ようやく我に返る。
 貝塚は一足遅かった、と言った。
 その言葉が意味するところは一つ。弥生を捕縛したのは貝塚なのだと言うことだ。
 部屋に満ちる甘い香は肉欲を喚起させるが、それを跳ね除けて樫田は声を上げた。

「どうしてこんなことを……!」

 悲痛な声音の問いに、貝塚は答えなかった。
 薄っすらと口角を吊り上げて、愉快げにこう告げる。

「愛が奇跡を起こすだなんて、フィクションの中だけよね」

 それからゆっくりとした動きで立ち上がった。
 何ら特別なものを含まぬ所作だったが、空気が一変するのを樫田と弥生は共に感じていた。
 女教師が教え子に狼藉を働く――表沙汰になれば騒ぎになる程度には、常識を逸した行為だ。それでもまだ、現実として受け止められる範疇にあった。
 今はどうか。
 樫田へとにじり寄る貝塚が放つ妖しげな色香は、常識どころか現実を逸脱していた。もはや人のそれと言うよりも、『性』の概念が具現化したようにさえ思えた。
 事実、貝塚の身体へと釘付けとなっている二者の生殖器は発情の様相を呈していた。
 
 下腹部に熱を孕ませつつある哀れな獲物を交互に見やってから、貝塚は樫田の顎へと指を掛けた。
 樫田の身が小さく震え上がる。
 恐怖を伴う程の壮絶な色気に当てられてのことだった。
 並みの心持であったならば、思考は白く染め上げられ、忌むべき官能の渦へと引き込まれていただろう。
 
 疼きを上げる肉欲に抗い、樫田は理性を奮い立たせていた。
 ――貝塚の手を振り払わなければいけない、と。
 しかし、身体は言うことを聞かない。
 性器を起点とした甘い痺れの波が、四肢の末端までをも支配していた。
 辛うじて形を成した抵抗は、拒絶の意を表情で示すのみに留まった。
 樫田の瑣末な反抗を嘲笑うように、貝塚は薄笑みを浮かべた。
 ぷっくりとして瑞々しい唇が、弧を描いたまま、彼の口元へと押し付けられた。
 柔らかな感触。眼前に迫った端整な顔立ち。鼻腔をくすぐる甘美な香り。
 唇同士が触れ合うだけの接吻のはずが、それは大いに樫田の肉欲を刺激していた。
 想いを寄せる少女の眼前にて、別の女と口付けを交わす。
 望まぬ行為でありながらも、身体は如実に悦びを示していた。
 全身が熱を上げ、下着の中では肉棒ははち切れんばかりに膨張する。
 理性や自我が剥ぎ取られていく。
 湧き上がる欲望を拒み、抗うことは大変な苦痛を伴う。
 それ故に、精神的に無防備な状態へと堕とされていくのは、心地の良い感覚だった。
 このまま貝塚に身を委ねていられれば、それは一つの幸福だっただろう。

「わた……る……」

 何とか搾り出したような掠れた声音で、弥生が彼の名を口にする。
 それを聞き逃すことなど出来るはずがなかった。
 想いの強弱とは、それを育むのに要した時間の長短で決まるとは限らない。
 弥生の声音は、樫田の脳へしっかりと刻み込まれていた。
 心地良い混濁から醒めた意識は、貝塚へ抗い、弥生への想いを貫かんとする。
 酷く重たく感じられる両腕を持ち上げ、貝塚を押し退ける。
 緩慢極まる動作だったが、抵抗はなかった。
 両者の間には小さいながらに空間が出来上がっていた。

「ふふ……そうこうなくっちゃ。あれこれと手を回した甲斐がないわよね」

 そう言って目を細める貝塚の余裕に満ちた態度に、樫田は苦々しい思いをさせられるが、それを言葉にするだけの気力はなかった。
 性的な疼きを伴う倦怠感に抗うのが精一杯だった。
 樫田が弥生へ向けて、のろのろとした動きで一歩踏み出す。
 肉欲によって鈍くしか働かない思考の中で、窮地を脱する妙案などが出て来るはずもなく、漠然と彼女を守ろうとしてのことだった。

「立派ね。でも……本当にそれを望んでいるのかしら? 貴方が欲しいのは、彼女じゃない。彼女を欲しているポーズを取りながらも、本音は違うわよね? 裏切る悦びも、虐げられる快感も、貴方は良く知ってるでしょう?」

 樫田の身がぴくりと震え、弥生の口からは驚きとも困惑とも取れる弱々しい声が上がった。

「ふふ、菅野さんは知らないのよね。彼の駄目なおちんちん、私が躾けてあげていたのよ? 貴女に気付かれないように、指導室でこっそり……二人切りでね」

「ちっ、違う……! こ、この変な甘い匂いと……違うんだ……!」

 弥生へ向けて声を上げる樫田は、焦りを感じていた。
 自身の意向でそうしていたと誤解されては、堪ったものではなかった。
 そう思うものの、理知的な説明を口にすることは敵いそうにない。
 只でさえ不可思議な現象を伴った出来事だ。加えて、今は思考が回っていない。
 違う、と繰り返すばかりでは、ますます誤解されてしまう。
 そう思いつつも、言葉は出て来なかった。

「嘘……。渉……?」

 震える声が、弥生の口元から上がる。
 彼女が何を感じているのか。
 それを考えると、樫田は焦りともどかしさから叫びそうになっていた。

「あ、ああぁ……違う、違うんだ……!」

 声を張り上げる事すら適わぬ彼の身を、貝塚が抱き寄せる。
 その細腕から逃れんとするも、樫田は上手く身体を動かすことが出来ない。
 辛うじて「離せ」と声を上げるが、聞き入れられるはずもない。
 柔らかな女体の感触に包まれる中で、樫田は再び唇を奪われてしまう。
 先とは違い、口の先を触れ合わせるのみでは留まらなかった。
 淫靡に蠢く舌が口腔へと押し入り、唾液が流し込まれる。

「んっ……んん……」

 樫田の視線は弥生へと向けられたままだった。
 少女の顔に絶望的なものが浮かぶのを認め、貝塚を押し退けんとする。
 するのだが、意識がそれを拒むほどに、肉体は性感に囚われていく。舌先は甘く痺れ、包皮を被ったままいきり立つペニスの先からは、劣情の証が滴る。
 脳は快楽と興奮によって満たされつつあり、理性は隅へと追いやられる。



10.融解

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8.分かれ目

 甘美な毒は着実に樫田の心身を冒しつつあるが、彼はそれに気付かない。
 本人ですらそうなのだから、弥生も然りだ。
 二人は、貝塚が何らかの思惑のもとに妖しげな動きをしていることなど知らぬまま、定期試験に向けての追い込みを掛けていた。
 数日を残すのみまで、運命の時は迫っていた。
 
 その日、二人は図書室に篭って、問題集に向かっていた。
 シャーペンを走らせる音だけが静かな図書室に響いている。
 黙々と問題を解いていく二人だが、その心中には僅かに雑念が生じていた。
 時折、顔を上げて相手を見つめては柔らかな表情を浮かべる。
 場合によっては、目が合うこともあった。
 そんな時には、はにかんで視線を落とす。
 傍で見ている者が居れば、二人の空気に当てられていただろう。
 樫田の劣性を否定すべく、彼らは、一心同体となっている。
 その根底では、互いに想いを募らせながらだ。
 樫田と弥生の関係を嘲笑うかの如く、それは始まる。
 日没が間近に迫る中で、樫田の意識と思考がすう、と消えていった。
 単なる居眠りなどではない。
 意識のない肉体は、操られているかの様に動き始める。
 不意に立ち上がった樫田に向けて、弥生が首を傾げた。
 樫田はこれまでと何ら変わらぬような微笑を浮かべて、口を開いた。

「ちょっと、トイレに」

「そう。……ああ、もうこんな時間なんだね」

「集中していると、あっという間に感じるよね」

 そう告げる樫田に対して、弥生は僅かな違和を覚えた。
 言い様のない感覚だった。
 何かが少しだけ違っている、と。
 確かにそう感じたのだが、弥生は然して気にすることもなく、恋煩いの類なのだと、自身を納得させた。
 その判断が、後に大きな過ちだったと知らされるなどとは、この時点の彼女には知る由も無い。
 抜け殻の様な状態の樫田が、図書室を後にする。
 彼の足は迷い無く指導室へと向かっていた。



 樫田が我に返ったのは、やはり指導室の中だった。
 はっ、として意識を取り戻すのと同時に、封じられていた記憶が蘇ってきた。
 鼓動がドクドクと音を上げて、つま先から頭のてっぺんまでが熱くなる。
 甘い香りが鼻腔をくすぐり、股間ははち切れんばかりに膨らんでしまう。
 樫田はしばし呆然と立ち尽くしていたが、目の前の光景と、記憶の中のそれとの間にある相違に気付いて、目を瞬かせた。
 連日、彼を淫靡に弄んでいた貝塚の姿がない。
 指導室まで誘われて目を覚ました後に、彼女が居なかったことは無い。
 困惑しつつも、樫田は周囲を見渡した。
 どこかに潜んでいるのかも知れない、と考えてのことだった。
 室内に人の気配は無く、斜陽が最後の輝きを注ぎ込んでいるばかりだ。
 それでも樫田は、貝塚への警戒を解くことなく、その場でじっと身構えていた。
 程なくして、呟く。何かが変だ、と。
 首をニ、三度捻りながら、指導室の出入り口へと向かう。
 貝塚に責め立てられている最中には、決して開けることの出来なかったその扉は、難なく横へ滑らせることが出来た。
 樫田はまたしても呆気に取られてしまった。
 口を半開きにして、ぽかんとした表情を浮かべていたが、その顔は、見る間に青く染まっていった。

「まさか……!」

 蘇った記憶を辿る。
 その中で、樫田を責める貝塚は、何度も弥生の名を出していた。
 指導室に居ない貝塚がどこに居るのか。
 教師としてではなく、淫蕩な嗜虐者としての彼女の言動を考えるに、思い当たる節は一つしなかった。

「弥生の所か……!」

 言うなり、樫田は図書室へ向けて駆け出した。
 指導室を抜けても、甘い香りは途切れなかった。
 校舎を満たしている様だった。
 人気は失せており、すれ違う者はなかった。
 鼓動が嫌な音を立てていくのを認めつつ、階段を上がり廊下を抜ける。
 息を切らして図書室へ辿り着く。扉に手を掛けて、樫田は少し躊躇った。
 貝塚が弥生を毒牙に掛けようとしていたとして、それを遮る力が自分にはあるのかと逡巡していた。
 これまで一度も抗えた試しがないのだ。
 弥生を救うどころか、彼女の前で、無残な姿を晒してしまうことになったら――悪夢のような考えが浮かんでいた。
 それを打ち消すようにして、樫田は頭を左右に強く振った。
 弱気になっていても仕方がないのだ。
 例えこれまで敵わなかった相手だとしても、次も同じ結果とは限らない。
 人は変わることが出来る。樫田は、それを他でもない弥生と過ごす内に知ったのだ。
 意を決して扉を開く。
 彼の瞳に浮かぶは、怯えや恐怖ではなく毅然とした覚悟の色だった。
 それが見る間に憮然としたものへと変じていく。
 図書室はもぬけの殻と化していた。
 机の上には、ノートや筆記具がそのまま残されているが、弥生の姿はなかった。

「ここじゃないとすれば……寮か……?」

 扉を開いた瞬間の決心に対して、あまりに拍子抜けする結果を受けて樫田の精神は幾分か穏やかになっていた。
 弥生は単に席を立っているだけで、貝塚に虐げられてきた記憶は白昼夢に過ぎないのではないか。そんな楽観的な思考が過ぎるも、不安は拭い切れず、図書室で待機をしている気にはならなかった。
 樫田は寮へと歩を運ぶことにした。
 その道すがらで、彼の精神は再びざわめき始める。
 校舎を満たす香りは、寮へ近付く程に濃くなっていった。
 そして、それは自室を前にして最も強く感じられた。
 弥生はともかくとして、貝塚が中に居ることは間違いなかった。
 意に反して血流は股間へと向かいつつあるが、樫田は強い決心の下に自室の扉を開くのだった。


9.転落

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