FC2ブログ

ぷるんぷるるん

女の子に気持ち良くいじめられるM男向け官能小説公開中。

邂逅、それから#前編

 夏の気配がほんのりと感じられる夜のことだった。
 堀部真季(ほりべ まき)は、自宅からやや離れた所に位置するレンタルショップの一角に立っていた。
 そわそわと落ち着かない様子で、オレンジがかった茶色に染めた髪の先をしきりに触っている。
 右手にはレンタルDVDのパッケージ。
 その裏面を見つめる瞳は、きつく見えない程度に鋭い。
 頬はほんのりと紅潮していた。
 彼女が手にしているのは、アダルトビデオのパッケージである。
 それも女性が上位――と言うよりも、男は虐げられるだけの存在として撮影されたものだ。
 スパンキングによるものであろう、真っ赤になった痛々しい尻が映っている。それを見つめる瞳は熱に浮かされたように潤んでいた。

(借りていこうかしら……。でも、記録に残るはずよね、私がこういう物を借りて行ったって。……いや、でも、せっかく無人のレジがあるお店まで来たのだから、やっぱり……)

 この類の映像作品を借りるのは、初めてのことだった。
 レンタルショップの仕組みをあれこれ調べた挙句に辿り着いたのが、近頃無人のレジを導入し始めた大手のチェーン店であった。

(……そうよ。大丈夫、大丈夫よ。別に悪いことをしている訳じゃないんだから……)

 今手にしているSMもののアダルトビデオを借りて帰る。真季が、その世にもくだらない決意を固めたのと、名を呼ぶ声音が上がったのは同時だった。

「真季さん!」

 びくりっ。大きく肩を跳ね上げ、見る間に青くなっていった顔で振り向く。

(げっ。アゴナガー……!)

 真季が内心で毒づく相手は、彼女の部下である幾つか年下の男だった。
 本井正二(もとい しょうじ)。決して不細工ではないが、長い顎が目立つ為に、真季は密かに彼を「アゴナガー」と呼んでいた。もちろん、面と向かってそう呼んだ記憶はない。
 にも関わらず、本井は言う。

「ふふ、真季さん、今……げっ、アゴナガー、と、そう思ったでしょう?」

 心の声を言い当てられた真季は、思わず口に手をやっていた。
 声に出していたのだろうか。
 彼女の反応を見て、本井は満足げな笑みを浮かべた。

「あれは連休明けのことでしたね。溜まった仕事の山、山、山。それを片付けるべく行われた、残業に次ぐ残業。真季さんもお疲れだったのでしょう」

「な、なによ、急に……」

 突然長々と喋り出した本井に、真季は怪訝な顔を向けた。
 何も容姿だけで蔑称を与えているのではない。この軽薄な調子で行われる無駄口も含めての「アゴナガー」である。
 とは言え、普段のそれはもう少しまとまりがある。いきなり数週間前の話を掘り返すようなことはなかった。
 まあまあ。とジャスチェーを送り、本井は言葉を続けた。

「書類の束をやっつけながら、真季さんは言ったのですよ。”それ終わったら、こっちをお願い、アゴナガー”……とね」

(しまった……)

 記憶には無いが、有り得ない話ではなかった。
 毎年のことではあるが、連休明けの仕事量は半端ではない。
 部下へ回す仕事の割り振りと、自身でこなす仕事の優先順位を思考しながら、心の中で何度も本井をアゴナガーと呼んでいたに違いない。
 刻々と回り続ける時計の針に急き立てられる中で、普段は無意識にやっている呼称の切り替えが上手くいかなかったのだろう。

「……それは、悪かったわね」

 そう言いながら真季はDVDのケースをさっと後ろ手に隠す。同時に、半歩下がってSMコーナーから離れた。

「いいえ、何も謝らなくても。真季さんにニックネームを付けていただけるなんて、この顎が珍しく役に立ったものだと……と、それはまあ良いでしょう。それよりも、やはりその手の物がお好きでしたか」

 ドキッと心臓を跳ね上がらせつつも、真季は嘯いた。

「その手のって……何よ……」

 平静を装ったつもりが、どこかぎこちない物言いだった。

「真季さんが今持っているDVDですよ」

 事も無げに言う本井に対して、真季はすぐに応じることが出来なかった。
 出来れば、開き直るような真似はせずに切り抜けたい。
 焦りに苛まれる思考を落ち着かせるように静かに深く呼吸をしつつ、状況を再確認する。
 ――一体どこから見られていたのか。レンタルするかしないか悩んでいる時間はそれなりに長かった。
 ひょっとすると、しっかり真季の様子を覗ってから声を掛けて来たのかも知れない。

(あれ……?)

 本井とのやり取りを脳裏で反芻する内、一つの違和感に囚われる。
 ――その手の物が好きでしたか。そう告げる前に、彼はなんと言ったか。

(やはり……って、言ったわよね……?)

 自身の嗜好を周囲に話した覚えはないし、社内の行動から見透かされるようなこともないはずだ。困惑した表情を浮かべる真季に、本井は微かに浮かべていた笑みを深めた。

「どうして俺が貴女の秘密を知っているのか、気になりますよね? まあ、正確に言えば、そうだったら良いなと言う願望めいた予想だった訳ですが」

 回りくどい物言いに苛立ちを覚えつつも、真季は問う。一体どこで、と。

「ふふ、迂闊ですな。そうあっさり認めてしまうなんて。誘導尋問だったらどうする――」

「そう言う無駄な口上はいらないわよ」

 台詞を遮られた本井は、つまらなさそうに唇を尖らせてから、真っ直ぐに真季を見据えて口を開いた。

「あれは俺の一つ下の新人の歓迎会でしたね。覚えてます?」

「……別に変わったことはなかったはずよ」

 酒乱の気があるだとか、酒癖が悪いと言ったこともない。
 それでも記憶はおぼろげだった。つまり、印象に残る場もない程、可もなく不可もなく過ごしたに違いない。
 真季は自身の嗜好が見抜かれる場面などあるはずがないと思っていた。

「そうですねえ、変わったことはありませんでしたよ。恐らく、俺ぐらいでしょうね、それに気付いたのは……。っと、真季さんと喋っていると楽しくてつい言葉が多くなってしまう。単刀直入に言いましょう。あの時の居酒屋、テレビが付いていたでしょう?」

「……ええ。それが?」

「そこで映っていた番組ですよ。まあ、なんて事のないバラエティですね。お笑い芸人がしょうもないゲームで得点を競っているわけですよ」

「……それで?」

 露骨に苛立ちを見せる真季に、笑みを苦くさせつつ、本井は言う。

「酒の席ではお偉いさん方の話が堂々巡りになってきた頃ですよ。番組の終盤、その手の企画にありがちな罰ゲームでね、その時売り出し中だったグラビアアイドルが芸人の尻を叩く訳ですよ」

「あ……」

 確かに、そんな映像を見た記憶があった。

「グラス片手にそれを見つめる真季さんがね……潤んだ瞳に羨望を映しておいでで、色気に満ちていたんですよ。それはもう、淫靡かつ美しいお姿で……。ま、そこからですね。真季さんがその手の趣味をお持ちなのではないかと思い始めたのは」

 油断していた。まさかそんな所を見られてるとは思わなかった――真季はこめかみを軽く押さえつつ、苦い沈黙に陥るが、復帰は早かった。

「……本井君の観察力には敬意を表するわ。だけどね、人の趣味に干渉しないでくれるかしら?」

 もはや言い逃れは不可能と判断した真季は、さっさとこの場を脱する方向へと言葉の舵を切った。
 上司として叱る時のように、圧を込めた物言いで押し退けてしまえと真季は更に言う。

「貴方にも人に言い難いことの一つや二つあるでしょう? それを嬉々として暴くなんて、性格が悪いとしか言えないわよ」

 キッと本井を睨んだ後、何気ない素振りで手にしていた物を陳列棚に戻した。
 後はこのまま彼の脇を抜けて、店を出てしまえば良い。
 真季が脱出経路を思い描いたタイミングで、店内に響いていたBGMが止まった。
 次の曲へと移るまでの、短い静寂の中で、本井が言う。

「すみません。ですが、本題はここからですよ。どうせなら、作り物なんかで満足せずに……俺で試してみませんか?」

 その声音と眼差しは、真剣そのものだった。
 真季は何とも答えることが出来ずに、本井を見つめるしかなかった。
 BGMが再び流れ出す。

「その様子からして、日頃から実践している訳ではないでしょう。胸に秘めた願望を俺にぶつけてみませんかと……いえ、ぜひぶつけていただきたい。
俺はね、先に話した居酒屋での一件から、被虐嗜好に嵌っていったんですよ」

 真季は返す言葉が思いつかなかった。


邂逅、それから#中編


スポンサーサイト
[PR]

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

長い顎とかこの喋り方とか男側がキャラ付けされるって珍しいですね。

| URL | 2016-09-05(Mon)04:16 [編集]